母をグループホームに入れるのにかかった苦労とお金。

思うこといろいろ編

私の母は、以前にも書いたように、認知症を患ってしまったので、普通に生活するのがむつかしくなった。それは、もう一人では生活できないであろう父親を母親が見ていたからだともいえる。

それが母親のすっごいストレスとなっていたようで、母親は、父親に毎日朝から、「家を売って、老人ホームに入ろう」と、「あんたは何もしないからストレスもたまらないだろうけど、朝から、朝ごはん昼ごはん、夕ご飯と準備して、かたずけて、ごみだして、庭に水巻いて、としているのは全部私がしている。」というようなことを2時間くらい言い続けて、それは、父親が、精神的に参ってしまうくらい言い続けたのであった。

父親はそのストレスもあり、加齢もあったのだろうが、一気に足が悪くなり、歩行もやっとできるくらいに目に見えて弱った。

そんなこともあり、父親は私が見るので、西日本のある小さな町から、首都圏にある私の住む自治体まで、連れてくることとなった。

連れてくるのは良かったのだが、あれほど父親に文句を言っていた母親は、父親が居なくなりさぞ清々して羽を伸ばすのかと思いきや、「父を返せ」「私も行けばよかった」と鬼電してくるようになった。

なだめすかしても、ちょっと時間がたつと、同じことを繰り返して、電話を繰り返した。それから2週間は毎日毎日、しつこく電話をして、同じことを繰り返した

この提案をしてきたのは私の弟であったが、弟は、母親が、こんなに「おとうさんおとうさん」と言って取り乱しまくるということを予想していなかったようだった。

「もうお父さんが帰りたくないというなら、私もこの家で一人で暮らしても仕方ないので、老人ホームに入れてくれ」と言ってくるだろうと考えてのことだったようだ。

実際は、そうではなかったわけで、とにかく母親は不安定になっていった

ある日、「TVが映らなくなった。」と電話してきた。一人で暮らしていてTVが映らなくなったら大変だろうということで、私は、私の家の近くで、施設を探し始めた。

私の家のほうで(首都圏)探したのは、弟が注射を打って眠らせて、施設へ入れ、それからも頭が回転しないようなぼーっとするような薬を飲ませて過ごさせる、とわたしに言ったからだ。それはさすがにかわいそうではないかということで、そんなことをするのなら、こっちに連れてきて(首都圏)、こっちの施設に入れるからそんなことはやめてと私が言ったからだ。

そんなことを、まわりの医者や、ケアマネが言ったそうだ。けっこう怖い。たしかに母親の症状もひどいのではあるが、そんなことまでするのは、、、と思ったのである。

また私がそう思ったのは、弟が母親をそうやって施設に入れると言ってきた前日の話。

母親から私は、電話を受けていたのだが、その時は、二重人格かと思うくらい落ち着いていて

「私は自分がおかしいのがわかる、あなたが言った、私を施設に入れて、お父さんを自分で見るといった提案はすごくいいと思う。そうしてくれるのが一番いい。なのに私はどうしても自分の口が、言いたくないようなことを言ってしまうのだ」と言って電話をしてきて、私は、いつもの母親が戻ってきてくれたと、泣いて母親の話を聞いていたのだった。

そんな電話を聞いていたのでどうしても弟のそのやり方が、ひどいと思ったのだった。

そしてこちらで施設を探していたら、幸運にも、いい施設はすぐに見つかったのだ。

そこで今度は母親を迎えに実家に戻った。母親は、以外にも、身の回りの物を整理し、持っていくものを準備していた。

あとは、洋服を選んで、段ボールに詰めるだけだった。

そして、私の家のあるこの土地まで、母親も連れてやってきたのだった。

しかし、ここからがさらに大変で、父親と、母親が対面してしまったのである

母親は会うなりいきなり「お父さん、帰ろう。なんでこんなところにいつまでもいるの?」と言って父親に詰め寄った。

父親はもちろん「嫌だ」「帰らない」と抵抗し続けた。ただ父親は、もうかなり弱っているため、大きい声や大きい動作もできないため、迫力は全くない。母親のパワーに押されっぱなしなのだ

そこで私と夫が加勢して、「帰りたくないと言っている」と母親を説得するのだが「お父さんは、あなたたちの手前、帰りたいと言えなくなっているだけだ。絶対帰りたいはずだ」といってずっとその押し問答のような言い合いが3時間くらい毎晩繰り返され、疲れ切った。

何度同じことを繰り返し言っても、「そんなこといったかい? 覚えてない」と母親は繰り返し聞く耳を持たない。

だが朝になると、「私老人ホームに入るのかい?」と言って「そうよ」と言うと「そうだったかい」と言って、入るための準備を整えるため、家具、TV、日用品をそろえるときは、ややご機嫌にしているのだった。

しかし、いったん買い物から帰ると、急に「私とお父さんを実家に帰らせてくれ、新幹線に乗せてくれ」と、人が打って変わったように毎日それを繰り返すのだ。

私は、母親は、大げさでなく、ほんとに二重人格なのではないかと、思った。そのくらい急に人が入れ替わったように態度が違うのだ。そして私は、そんなは母親が怖くてたまらなくなった。

父親が以前「もう母親が怖い」と言っていた意味が分かったのだった。

母親は自分の言い分が通るまで、小さい子供が泣いて母親にすがるように、ワーワー帰ろう帰ろうと騒ぎ立てるのだった。そんな日が4日続いた。

明日、施設に10時に入るのだというその前日の夜、また、母親は「帰ろうお父さん。」と騒ぎだしたのだった。さすがに私はもう切れていた。「じゃあそうして。明日の朝早くの新幹線取るから、もう帰ってくれ」と言った。そこまで抵抗するなら、実家に帰って自分で生活すればいい。そう思った。夫も、ずっと説得を試みていたのだが、「そうしてもらおう。もう明日帰ってください」といった。

「お父さんも連れて帰るよ。一人では帰らない」と母親は言った。

二人で帰しても、2,3日は母親もおとなしくしているだろうが、また、父親を攻撃するだろうことは見えている。

そして父親は、気弱いながらもそれから2時間くらいかけて母親を納得させたようだった

母親が、私の部屋に来て、「お父さんは、自分はもうそんなに長くない。じぶんで分かる。もうここで世話になって暮らしたいと言った。その言葉は、だれに遠慮したとかではなく、本当の言葉だった。そうなれば、私は一人で実家に帰っても仕方ない。こっちで施設に入ることにするので、明日施設に入れてくれ」と言ってきたのだった。

そうして母親は、次の日施設へ入ったのだった。

それからも大変だった

母親の年金口座が暗証番号違いで、使えなくなっており、また、父親の年金口座も、母親が「キャッシュカードをなくした」と銀行に電話をしておりだいぶ前からおろせなくなっていた。もちろんキャッシュカードはあるのだ。母親は、ちょっと見当たらないとすぐに銀行に電話してしまうのだった。

地方の銀行だったため、窓口が、東京都の日本橋のほうに2店舗しかなく、しかも本人が行かないと手続きが大変なため、線状降水帯が来ているような大雨の日に、車で、父親と夫、私で、銀行の窓口に行って、使えるように手続したのだった。

弟によると、実家のほうで今までも何度も、母親は同じようなことをしていて、父親を連れて銀行の窓口に何度も行ったということだった。

私はそんなことは知らず、初めてその事実を知ったのだった。もう父親と母親二人での生活は、どのみち無理だったのだと、悟った。

しかも私たちが父親を首都圏にある私たちの家に連れてきて、母親が「返せ、お父さんを、返せ」とわめいていた時の行動で、驚いたのが、母親は「私をだまして父親を連れて行ったしまった」と地元の警察署に訴えに行ったのだった。対応した警察官は、他人だとダメだけど、家族間のことなので、どうすることもできないというようなことを言ったのそうだが、弟の電話に警察官から電話があり、事情を話し、母が認知症なので、ということで解ってくれたが、母親があまりにしゃきっとして理路整然とお話しされるので、認知症だとは思いませんでした。お母さんのほうも気遣ってあげてください。と言って電話をきったそうだ。

この後、母親は施設には入ったがこれで万々歳とはいかなかったのである。

その後についてはまた次回お話しします。

母親を施設に入れるのにかかったお金について書き出してみます

母親はグループホームというところに入りました。

グループホームとは、9人程度の少人数で、家庭的な環境で、認知症の人が共同生活を送ります。

食事の準備や、掃除、洗濯などの家事、買い物を分担します。そして認知症の進行を遅らせたり、心身の状態を安定させることを目的として、専門スタッフが24時間体制で、ケアを行います。

まず、入居に当たって準備するお金は、

敷金  210000(入居当初月のみ)

家賃   65500円 

管理費  18000円

食費   36000円

水光熱費 20000円

で、計 139000円(1か月)

そこに 介護保険料の負担割合によって個人個人で違う金額

   約 28000円(1か月)

その他、薬代、おむつ代、散髪費用、化粧品、歯磨き用品などの日用品代が個々に違う費用がかかってきます。それが

   約 15000円くらい(1か月)

 合計すると、

 約  182000円くらい  となります。(1月分)

そして次に入居に当たって準備するものを挙げていきます。

部屋のカーテン  

普段着  4枚くらい

パジャマ 2~3枚

肌着、下着 5~6枚

帽子  

靴下    5~6枚

室内履き    2足

外履き     1足

タオル   バスタオル、フェイスタオル

歯ブラシ、歯磨き粉

くし、入浴用タオル

ボックスティッシュ

化粧品

マスク

食器(茶碗、コップ、お箸、マグカップ)

寝具一式(枕、敷布団、かけ布団、シーツ、カバー)

時計、カレンダー、本、

テレビ、テレビ台

などでした。段着以外ほとんど新調したため、20万円ちょっとかかりました。部屋が角部屋で、窓が大きかったためカーテンに36000円くらいかかったので、、、

プロフィール
時の過ぎ行くままに

今は、ある会社で毎日あくせくと働き、貧乏暇なし。猫とともに生きている、子育てを終わった50代。買い物好きで、お金はないけれど、それなりに人生楽しもうと頑張っています。食べることが大好きで、時々する外食や、旅行、また、好きなもの、好きな映画、好きな本、日々思うことなどいろいろ日記形式で発信していきたいと思います。

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