遠方の実家じまい。不用品買取業者を手配し、不動産やと契約し、車を売った。自分のことではないので精神的にぐっと疲れる。

思うこといろいろ編

プライベートで、大変なことが多かった。

80を過ぎる、父と母を何とかしなければと、夏からずっと奮闘してきて、認知とうつっぽい母は、施設に入れて、父は仕方がないのでうちに置いている。

そして実家に帰り、車を売り、実家の荷物を不用品買取と、粗大ごみなどに出すように、その業者を手配し、業者に見積もりをお願いした。

実家は首都圏にある私の家からは1000km近く離れている田舎にあるのだ。その距離も災いした。まだ父親と母親のこれからの生活の維持にもお金がかかる。

車は、地元まで帰り、ウィーカーズへ売りに行った。あまり知識もなく、買いたたかれてしまった感は残る。年数は6年落ちくらいだったのだが、距離を3万キロくらいしか走っていなかったのだ。

また、不用品買取と、不用品処分両方を一緒にしてくれるという業者があったので、これも、実家まで帰り、見積もりに来てもらった。まずは不用品買取の見積もりをしてくれるのかと思いきや、実家はものが多く、処分が大変だということで押し切られてしまい、不用品買取とは形だけで、実際は何も買い取ってはくれなかった。

着物や、食器類、家具等で多少買い取れる品ものがあったと思われるのだが、一緒くたにされてしまい、処分費ということで高額を払わされ、買い取りは一切してくれなかった。

なのでこれから、実家の不用品を処分される方は、まずは不用品買取は、不用品買取業者へ連絡し、買い取ってもらい、そののちに不用品処分は処分業者へと、別々にされることをお勧めします。

実家の荷物が全部、無くなったその後、不動産屋さんをいくつかピックアップして、査定のお願い。

これは「イエウール」というサイトで紹介をお願いしたのだが、4カ所くらいの不動産屋さんからTELがかかってくる。住所等細かいことを聞かれたする。これは気持ちのいいところでお願いするといいと思います。不動産屋さんの担当者と、自分との相性とかもあるし、中には、買いたたいてくる業者もあって、事前に自宅付近の家の売り出し価格など、や立地条件など、suumoなどのサイトを見て、おおよそ見当をつけておかないと、言われるがままの価格で売り出すことになってしまう。実際すごい安い金額を提示してくる。

8月~11月までかかった実家じまい。私はこの間疲れ切っていた。距離が遠かったことがまた大変さを倍増した。片道1000km近く離れているのだ。

自分のことをやっているならば、頑張ってやってもしかるべきだが、親とはいえど、他の世帯のことだ。そして自分の家のこともやらなくてはならないという2重苦なのだ。疲れ切って当たり前だ。

そのうち「なぜ私がこんなことをしてやらなくてはならないのか」という疑問が頭をよぎる。

親だから当たり前だと思うだろうか?

親だから当たり前なのだろうか?

ずっと核家族で18で家を出て以来、一緒に暮らしたことなどない。就職で家に帰り、結婚してまた家を出るまで、ほんの2,3年しかなかったのだ。それを60歳を目前にして、一緒に暮らさなければならないのだ。

親世帯の金銭管理の一切を担わなくてはならないのだ。また、住民票も移したので、手続き等で、書類が山ほど転送されてくるのだ。介護保険の書類、税務署関係の書類、銀行も本人を連れて行かないと口座が、暗証番号違いなどで使えなくなっていた。それら全部目を通し、返送したり、署名したりする。

なんせ、窓口は親本人でなければならない。

そうしないとすべて代理人申請が必要なのだ。さらに手間取るのだ。

連れて行けば、認知の母親がうるさいし、父親はトイレが近く、30分おきにトイレトイレと騒ぐ。

想像以上の大変さがあった。正直、ここまで大変とは思っていなかった。

もちろん普通に私たち夫婦2人とも、フルタイムで社員と派遣で仕事もしている。

子供にこんなに迷惑をかけて親二人は、何を思っているのだろうか。

子供だから当たり前だと思っているのだろうか。

これは紛れもなく、子供世帯の自己犠牲の上に成り立ってはいないだろうか。

私は、子供にこんなに迷惑はかけないようにしようと誓う。物も徐々に断捨離していき、金銭のことも自分のことは自分でできるだけの貯蓄と、金銭感覚を保ち、一切子供の世話になることもなく、やりくりしたい。

また手をわずらわせないように、自分のことができなくなったなと思ったら、介護保険のお世話になり、支援を外部の人にお願いしたい。

子供はもう子供の人生を歩んでいるのだ。親世帯が今さら?というように子供世帯に急に割り込んでいかなくて済むように、60過ぎたら準備を始めるのだ。

私の親は、まだそんな知識がなかったのだろうと思う。まだ自分はいける、という気持ちだけで日々を過ごしていたと思われる。

そして私も、親がこんなになるとは思ってもいなかったのだ。また、こっちも(私)準備不足と言われてしまえば仕方のないことでもあるのかもしれない。

まだ、親は元気にしていて、こっちも自分のことで精いっぱいの時期に、「今のうちにこっちにおいでよ」と言っても、親は断固としてそんなことは受け入れなかったのだ。本当はこのころに準備を進めていればよかったかもしれない。

また、実家が遠かったため、TELだけで連絡を取っていたが、TELでは母親は頑張って対応していたと思われる。多少は気づいていたが、本当はもっと、認知が進んでいたことにTELでは、気づくこともなかった。

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おかしくなったのは、コロナ以降なのだ。外出を禁止され、好きだったカラオケや、近所の人たちとのランチなどをしなくなってからだ。母が鬱っぽくなった。そして父の世話をしたがらなくなり、家事をしたがらなくなった。ここが境目だった。父親にも暴言を吐くようになったそうだ。

世の中も、コロナ以降、変わった。人と関わらなくていいような、モバイルオーダーに変わった。そうすると、80過ぎて電子機器音痴の母親などは、ファミレスにすら行けず、また、映画に行ってもチケットも買えずに戻ってきたりしたのだった。

人がいない。サービスの人がいない。電子機器に取って代わられているのだ。自分で操作できなければ、だれも教えてくれない。

年寄りには、歳をとっていくにつれて、外出がハードルが高くなるのにもって、どこに行ってもサービスが電子化され、誰にも聞けない世の中となってしまった。

電子機器に強いお年寄ならさほど不便も感じないだろうが、私の父母は、電子機器に弱い。

携帯の契約に行っても、若い子が、わからないので聞いても、ほとんど、うざそうにべらべら何やら言って来て意味が分からず、帰るしかなかったとも言っていた。

もう鬱っぽくなってしまってもある意味仕方がないのではないかと思う。世の中からの疎外感は半端ないと思うのだ。

母は、「唯一、デイサービスが一番楽しい」と言っていた。「頑張らなくていいからだ」と言っていた。

じぶんとおなじような人たちがいて安心するのだと。

年寄りにとって普通に生活しづらいこんな世の中でほんとにいいのだろうか。子供世帯が手を差し伸べないと、年寄りが生活に不便を感じるような生活環境でよいのだろうかと疑問を感じずにはいられなかった。年寄りは、家にすっこんでろと言わんばかりではないかと思うのだ。

まあ、それはさておき、私は、決して子供世帯には迷惑をかけないように・・・後期高齢者になっても、それは同じこと。今のうちから、自分でなんでもできるようにしっかりと生きていこうと思うのだった。そして、本当に自分が一人で生活ができなくなった時には、家を売って、施設にはいる準備もしていこうと思うのだった。

プロフィール
時の過ぎ行くままに

今は、ある会社で毎日あくせくと働き、貧乏暇なし。猫とともに生きている、子育てを終わった50代。買い物好きで、お金はないけれど、それなりに人生楽しもうと頑張っています。食べることが大好きで、時々する外食や、旅行、また、好きなもの、好きな映画、好きな本、日々思うことなどいろいろ日記形式で発信していきたいと思います。

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